カテゴリ:モノ物語り( 17 )

“秋の日は釣瓶落とし”と言われる。
この季節、夕方5時を過ぎる頃になれば、あっという間に太陽は西の山の端に隠れ
凛とした冷気のマントを身に纏った、静かな夜がしっとりとやって来る。

そんな折、来月初あたりに安曇野を中心とした秋のイベント「安曇野スタイル」を
楽しむ機会が出来た。
親しくさせて頂いている松川村の家具工房「二人組工作所」にお邪魔しての
一日出張カフェである。

このイベント、当地で活動している作家の工房公開や美術館・ギャラリー・飲食店etcで
期間限定の企画などが行われる秋の文化祭みたいなもの。
実を言うと、VALOが移動カフェとして初めて出店したのは、第一回の安曇野スタイル
だったのである。

今年この家具工房のトピックは「灯り」。
新進気鋭のガラス作家 永木 卓 氏 と木工芸のコラボレーションにより生み出される
オブジェクティブで幻想的な灯りの世界。
そこでVALOとしても何かその場の雰囲気をディレクションしたいと思い、
VALOセレクトの「灯り」を持参しようと考えた。
只、有機的で温かなイメージの工房を近代的な明るさで台無しにしてしまうのはもちろん
安曇野の秋の精霊達を驚かせてしまうのも本意ではない。

そこでコールマンのガソリンランタンを連れていく事にした。

コールマンのキャンピングランタン、そのルーツは1914年に誕生した初期モデルである
アークランタンに始まる。
社のあったカンザス州ウィチタ(大草原の小さな家の舞台でもあった)では
家畜小屋や農機具小屋を隅々まで夜でも明るく照らし出し、人々は
”THE SUNSHINE OF THE NIGHT ”-真夜中の太陽- と絶賛した。

その当時夜は本当に暗く恐ろしいものであり、人々は畏怖の念を持ってそれと対峙したのであろう。
コールマンの灯りは、太陽の如く明るさと温かさをもって人々を照らしだした。
辛い事も楽しい事も等しく・・・。

それは神の慈愛に充ち溢れた灯りであったに違いない。

そんな歴史を持つアメリカが'08~'10にかけて立てつづけに3つのミッション
(アポロ・オービット・タイタン)を行った。
それは壮大な宇宙を舞台!?としたものではなく、小さなOD用LEDランタンのお話。

クライミング用品で有名なブラック・ダイアモンド社が2008年にバックカントリーユースに
最適な3WLEDバルブ(だったと思う)を備えたランタン「アポロ」を発売。
翌年にソロバックパッキング向けの1Wバージョンの良弟「オービット」、更に次年にベースキャンプ用のクワッドLEDを装備した「タイタン」を発売した。
これら最新LEDランタンはODアクティヴィティはもとより、災害用の照明器具としても有効な機能性を備えておりオススメのアイテムである。

1世紀近い時を経て、ランタンも化石燃料に依存することなく、サスティナブルで環境負荷の低いものへと変わりつつある。
しかし、照明器具の「人の心に灯りをともす」という普遍性は決して変わることはない。

次代を見据え、自身にとっての選ぶべき一灯は果たしてどれか?
秋の夜 窓の向こうにその答えを見つけることが出来たような気がする。
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写真は’93年製200B703Jクラッシック 名機200A(通称赤ランタン)をリイシューした
限定モデル。

クォーという燃焼音を立てながら
「夜を夜として愉しむことができる、炎のようなあたたかな光」を生みだします。
それは単に明るさを与えるだけでなく、安らぎの影を作り出すこと・・・。
北欧照明のデザイン概念に通じるものがありますね。

来月11月3日(木)松川村「二人組工作所」の出張カフェでお待ちしております。
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by cafevalo | 2011-10-25 22:27 | モノ物語り | Trackback | Comments(0)
              ALL that glitters is not GOLD
           <輝けるもの全てが黄金であるとは限らない>
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           このキラキラと光り輝くルアーに魚達は魅了されます。
           ただ、その輝きが不自然であると見極めた魚は
           そこから何かを学び、より大きな個体へと
           賢く成長していきます。
           釣り上げた魚をリリースする時
           「本質を見極めるんだよ」と声をかけます。
           その魚は自分自身なのかもしれません。

           人はその時その時、あらゆる事象と向き合います。
           それらを真摯に受け止め思慮深くありたい
           そうすれば物事の本質を見極める事ができるのではないだろうか。

           その輝きの光源は果たして何なのか?
           自らの力で光り輝いているのか否か?
           川に立ち魚達と対峙しながら、いつもその言葉を胸に
           自身を律しています。

           思うところあって竿を封印した、今シーズンの漁期が幕を閉じました。
           Slumber my Azusagawa-River 
           おやすみ梓川、やわらかな陽光が降りそそぐ春の日まで・・・

           “人が賢くなれるのは、昨日に対してだけである。
           今日と明日に対しては永遠に迷える子羊である”
           お気に入りの作家の著作の中に見つけた言葉です。
           
           それでも人はもがき、あがき、笑い喜び、苦しみ泣き、楽しみ
           ぶつかりながらその迷いの中に答えを探します。
           それは、漆黒の闇を照らしだす小さな灯り。
           人生という道程を照らしだし進むべき道へと導いてくれる
           賢者の灯りなのかもしれません。

           そして、時に迷いの中に、ひときわ明るい自身にとっての一灯が
           与えられる事があります。
           今年はどうもその年のような気がします。
           
           胸に手を置き、自分自身を深く見つめる。
           そして立ちあがり、最良の一灯を両の手に握りしめ
           過去を振り返ることなく、前を見て歩いていこう。
           その灯りはいつも、力強くそして優しく私の進むべき道を
           照らし続けてくれる。

           そんな気がします。
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by cafevalo | 2011-10-02 23:29 | モノ物語り | Trackback | Comments(0)
異常気象の夏も2年続けばそれは憂える“悲しき正常”なのではないだろうか?
亜熱帯性気候のような暑い夏が、ここ信州でもあたりまえになってしまうのかもしれない。
猛暑の信州、湿度も年々高くなっているような気がする。
それでもお盆を過ぎた頃になると、渡る風もいくらか涼しく、
爽やかな青く高い空が時折現れたりして秋の気配が感じられる。
少し黄色くなり始めた稲の風ゆらを眺めながら、過ぎゆく夏を惜しんでいた休日の午後
「どーれ アウトドア用品の整理でもするかぁー」と
何故かスイッチが入ってしまいガサゴソやり始めた。
涼しさはやはり人(特に僕)を活動的にさせるようである。

ケースや棚にはカオスと化した有象無象のガチャモノ達。
だけど僕にとってはどれもこれも思い出がぎっしり詰まったモノや、
これから未知なるシーンで活躍するであろうモノが、みんな仲良くひしめき合っている。
ひとつひとつ手に取りながら整理を始めると、懐かしいアルミの水筒達が顔を覗かせた。
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グランテトラ、マルキルのレバーキャップのそれである。
レバーキャップは片手で開けられるうえに蓋も紛失しないというメリットがある。

フランス製のグランテトラは“オオライチョウ”という意味。
ボトル前面に銀嶺の覇者の如く、勇猛に羽を広げている。
中央が窪んだ優美な曲線デザインは持ちやすさはもちろん
ウェアなどを巻いてテント泊用の枕にするという技も生みだした。
内部はエナメルグラスティック加工なるものが施されていて飲料の味が変わらない。
これはフランス人がワインの味を変えないためにガラスのようにする事を考えたらしく、
僕も時々ワインを入れて持ち歩いたりした。
当時、嘘か真か安ワインもそれなりの味になるなんて言われていたものだ。
(荒っぽくデキャンティングされているという事かなぁー)
一方のマルキルはドイツ製、僕のは比較的新しいモデル。
内部は、アルフェラン加工という電気を通して化学変化皮膜を形成する方法で
飲料対応させている。コーティングなどと違い耐久性が高い。
レバーキャップの蓋がロゴ入りの磁器製なのがビアボトルをイメージさせる。
ドイツ製ならではだ。

今や軽くて丈夫な素材、小さく折りたためるモノ
そして「素材の安全性」という基準も生まれ、時代は変わり水筒も進化した。
新しいモノはやがて古いモノに、今の一番はやがて最後になる・・・
それは時代は変わるからなんだ。
そう ボブ・ディランは歌ったけれど、姿を消しても心に生き続け
時代を超えていくモノが確かにある。
そのモノの持つ命の火は決して消えることなく、またいつの日か
大きな炎となって燃え上がるのかもしれない。
大量消費時代の品物にはない、独特の存在感に
メッセージの様なものを感じた夏の終わりだった。
どちらの水筒も現在は入手不可能。
またいつの日か時代に添うかたちで復活してくれる事を願うばかりである。
(とても味があるからね)

最近はアルミ製の水筒といえば、スイスの老舗S社のものが
カラフルな色・デザインなどバリエーション豊富。
その他BPA(ビスフェノールA)フリーとなりより安全になったアメリカのNジーン社、
折りたたみの元祖Cデザイン社のPパス、さらにステンレススチールを使った
Kカンティーン社など様々なブランドがあり、一昔前に比べると
選択の幅は圧倒的に広がった。

手軽さ、便利さに甘えてきた僕達はあまりに多くのものを失った。
さあ!お気に入りの水筒に水を入れ出掛けよう。
使い捨てるのではなく、使い続けていく事。それが始まりである。
自身のライフスタイルやアクティビティに最適な「心のマイボトル」となる一本と出会う事は
僕達のみならず地球にもとても素敵なことにちがいない。

それは失ったものを少しずつ取り戻す事なのかもしれない。
僕達の心と、美しき水の惑星地球に等しく・・・・。
 
おっと 手が止まってる、片付け片付け。
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by cafevalo | 2011-08-27 23:46 | モノ物語り | Trackback | Comments(0)

VOL 4  AUTOMATIC

“ご自宅でもハンドドリップなんですか?” 
お客様にこう聞かれることが多い。
そのとおり!と言いたいところだけど、答えはNO。
自宅ではコーヒーマシンを愛用している。
いつもVALOでお客様にハンドドリップでコーヒーを淹れているからだろうか
プライベートでは、無意識に「VALOではない誰か」に
コーヒーを淹れてもらいたいのかもしれない。
なぁ~んてふと考えてみたりもするのだけれど、実はそんな大袈裟な理由ではなくて
コーヒーマシンがコーヒーを淹れ終わるまでのほんの短い時間
この時間が僕はとても好きなのである。

朝、目が覚める。
ハミガキをしながら寝ぼけ眼でマシンに水と豆をセットしスイッチを入れる。
しばらくすると加熱されたパイプが水をくみ上げるクォーシュ、クォーシュという音が
聞こえてくる。
にわかに朝の匂いの室内にコーヒーのアロマが重なり始める。
顔を洗い朝食の用意などをしていると、プシューポコポコポコとマシンが呼んでいる。
最後の水がパイプを通過し水蒸気が立ちのぼった音である。
サーバーには温かなコーヒーが満ち溢れている。
仕事を終えたマシンは、どこか満足気な表情でとても静か。
時折聞こえるサーモスタットのカチッという音がなければ、存在を忘れてしまう程である。
この短くも充実した朝のひととき。
マン・マシンの絶妙なるコーオペレーションの完結がそこにはある。

ここで我家のバリスタを紹介しておこう。
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ドイツ ブラウン社のコーヒーメーカー アロマスター コンパクト+である。
僕らの結婚を機に家に来てもらったので、かれこれ20年近く故障らしい故障もなく
バリスタ職を続けてくれている。
大企業であれば「取締役 シニアバリスタ」あたりのポジションであろうか。
弱小のVALOでは未だ一兵卒として文句も言わず頑張ってくれている。
感謝感激である。

ところで、このマシンのセールスポイントはその抽出スピードの速さ。
豆の量に係わらず他のメーカーのものより圧倒的に速く・美味しくコーヒーを
抽出してくれる。
その機能は当時としてはとてもエポックであったと記憶している。

僕は予てからブラウン社のドイツクラフツマンシップに敬意を表していて
スパルタンな物づくりに信頼を寄せている。
今使っている目覚まし時計も同社のものでこちらは更に年季が入っている程だ。

このアロマスター、そのタフさはもちろんだが操作スイッチ部のデザインが
僕はお気に入り。
シンプルな絵と読みやすいフォントを使いガイダンスされており
情報処理がスムーズに行える。
流石はブラウン!とてもユニバーサルな印象を受け
店頭で一目惚れしてしまったのだった。

そして、ひと日の終わりである。
「コーヒーでも どう?」
キッチンからいつもの音が聞こえてきた。
プシューポコポコポコ。
美味しいコーヒーがおちたようだ。
さて、モノ書きも終わった。
コーヒーを飲みながらゆっくり話でもしよう。
それは、大切な人との大切な時間。

饒舌な彼が仕事を終えると、静かな夜が訪れた。
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by CAFEVALO | 2011-08-01 23:08 | モノ物語り | Trackback | Comments(0)
          “デキる男は財布の中がスッキリしている。
          種類ごとにお札が1枚ずつ。
          クレジット、バンクカードが2~3枚程度
          コインは小銭入れを別にもっている。
          無駄がなくシンプル、とてもスマートである”

          たまたま本屋で手に取ったビジネス雑誌にこんな記事があった。
          ムムッ!待てよ、僕は正にそれを実践しているではないか!
          そう思いニンマリとした刹那
          「何事にも例外はあるわよネ」と、横で妻が笑ってみせた。
          まったくもってその通り、撃沈である・・・。

          さて、そんなデキる男になるべく手に入れた訳では無いのだが
          とても気に入って使っているこの財布。
          かれこれ10年近くになるだろうか。
          英国は「ホワイトハウスコックス社」のブライドルレザーを使用した
          オーソドックスな小銭入れ付のノートブック型財布である。
          当時からコインは別に持ち歩くのが好みだったので
          馬蹄形のコインケースと、ネームカードケースも同時に手に入れた。
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          このブライドルレザー、良質な成牛の一枚皮を草木鞣し後染色
          蜜蝋や獣脂に漬け込み、10週間をかけて仕上げられる
          たいへん手の込んだもの。
          その後熟練の職人たちのハンドメイドにより、様々な製品に
          生まれ変わっていく。
          
          そもそも「ブライドル-BRIDLE」とは馬勒という意味。
          馬具のために使われていた大変堅い革。
          その鋼の様なブライドルレザーを、定期的な手入れを施しながら
          自分のものにしていく、エイジングも魅力の一つである。
          ポケットの形や、手の跡、バッグの中での定位置etc、
          使い込まれやわらかくアタリがでて、色も経年変化し
          風格と存在感が増してくる。
          なるほど、男の歴史が刻まれるのは顔だけではないのかもしれない。
          
          自分で選んだものを受け入れ、スマートにそれと共に生きる。
          デザインされた機能性に手を加えることなく
          最大限にそれを使いこなす。
          デキる男はそんな男なのかもしれない。
          
          午後の光を受け光り輝くブライドル。
          そこに映る自分が決して曇ることのないよう
          日々ありたいと思う。
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by CAFEVALO | 2011-07-02 08:48 | モノ物語り | Trackback | Comments(0)
"Do you have time?"
路線バスの通路をはさんで隣の席、その初老の男性は僕にそう問いかけた。
困惑した表情でSorry? と聞き返した僕に、
彼は自分の左手首を指でつつきながら It's time と答えた。

なるほど彼は今何時?と聞いていたのだ。
英語で今何時?と言えば What time is it?と教えられた僕にとって
それはとても新鮮な驚きであったのを今でも覚えている。

I have time always
僕はいつも左手の心地良い重量感と共に
自分の「時」を身に付けている。
そう、「時」をハンドリングする唯一の道具-腕時計である。
何本かの時計をTPOに応じて使い分けているが
中でも、機械式の時計が好きである。

多数のミニマムなパーツを組み、ゼンマイを巻き上げ駆動している姿は
機械と言うよりも、有機的な温かみを持つ生き物の様に僕には感じられる。
事実、自動巻きのタイプは身に付けてさえいれば
オーバーホールなど定期的なメンテナンスのもと
半永久的に動き(生き)続け、時代を超え受け継いでいく事さえ可能なのである。
それは、時を刻むというよりはむしろ所有者の人生と共にあり
歴史を刻んでいるといってもいいのではないだろうか。

映画「イージーライダー」の中でピーター・フォンダは
はめていた腕時計を投げ捨て、あらゆる体制などから解放され
なにものにも囚われないアウトローで自由な世界を求めチョッパーに跨り走り始める。
そんな冒頭シーンをふと思い出した。

僕はお気に入りの腕時計を決して外すことはないだろう。
なぜならそれは、とりまくあらゆる事象や存在を受け入れ
「時」を刻みながら僕と共に生きているからだ。

Yes! I have "THE TIME"always.
今この瞬間も僕の左手でチッチッチと軽やかな音を立てながら
僕自身の歴史を刻んでいる。
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by CAFEVALO | 2011-06-06 22:41 | モノ物語り | Trackback | Comments(2)
     シャツが好きである。
     パリッとしたシャツに袖を通すと、背筋がピンッとなり
     身が引き締まる思いがする。

     そんな僕にとってちょっと困る季節、それは夏である。
     白状すると、僕はとても暑がりで汗っかきなのだ。

     Tシャツ1枚でも暑くてたまらないこの季節に、唯一出番が多いシャツがある。
     それはハワイアンシャツ(アロハシャツ)である。
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     そもそもハワイアンシャツは、移民の日本人が着物の生地を使って
     仕立てたものが始まりと言われている。
     Hawaiiの伝統文化・花鳥風月などをモチーフに柄をデザインし
     レーヨンやコットンなどの生地に色鮮やかに染め抜いてある。

     染めや柄のパターンも豊富で、生地をキャンバスに見立て描かれた
     1枚の絵画のようでとても美しい。

     和柄と呼ばれるものの中には、龍虎などの迫力のある柄や金魚・美人画など
     情緒的なものもあり、オリエンタルな側面を見ることができる。

     そんな様々な柄の中で、僕は花など植物をモチーフにしたものがお気に入り
     月下美人やジャスミン・ジンジャーフラワー・バナナの葉etc・・・
     それらに身を包むと、清々しいHawaiiのオフショアの風が
     身体を吹き抜けていくようである(なぁ~んて行った事ないけど)

     レーヨン生地は、暑い夏でもサラッとしていて肌にヒンヤリ冷たい。
     しかも風を受けるとしなやかにドレープを生み身体に風を送りこんでくれる。
     涼しさの所以は正にそれである。
     ハワイアンシャツは、何ともエアコンディショニングで機能的なウェア!!

     ドレープの向こう側には
     環境負荷の低いエコロジカルな世界が広がっているのである。
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by CAFEVALO | 2011-05-11 22:26 | モノ物語り | Trackback | Comments(0)

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